【用語解説】朝鮮戦争

朝鮮戦争は1950年に朝鮮半島で起こった戦争です。東西冷戦(社会主義陣営対資本主義陣営)の代理戦争という側面を持った戦争でもあります。

時系列略記

1950年6月に北朝鮮軍が北緯38度線を越え韓国に侵攻したことで始まります。これを受け、米国を中心にした国連軍が韓国支援に乗り出します。北朝鮮軍は、開戦直後にソウルを陥落させ、8月には半島南端の釜山付近にまで南下しました。しかし、国連軍が半島西部の仁川に上陸すると、9月末に北朝鮮軍は38度線以北に押し返されます。

その後、国連軍は中朝国境(鴨緑江)付近まで北上します。しかし、10月に中国が人民志願軍を北朝鮮側に参加させると、国連軍もまた38度線付近まで押し返されることになります。

1951年以降は38度線付近で膠着状態を続け、1953年7月には“休戦”協定が締結(51年から休戦会議が開かれていた)されます。

そして北緯38度線付近に現在と同じ軍事境界線(休戦ライン)が形成されることになりました。現在も国際法上は“交戦”状態であり、終戦には至っていません。

勃発の背景

1945年、日本が第二次大戦に敗戦すると、朝鮮半島では1910年から続いた日本統治時代が終わります。そして、半島の北半分はソ連が、南半分は米国がそれぞれ占領することになりました。

1948年8月には、米国をバックとした「大韓民国(韓国)」が半島の南半分に成立し、大統領には李承晩氏が就きました。さらに同年9月には、ソ連をバックとした「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」が半島の北半分に成立し、首相には金日成氏が就きました。

当時の米国は、西太平洋における対共産圏の防衛線(アチソンライン)を設定していました。しかしこの線は、宗谷海峡から“対馬海峡”経由でフィリピンに抜けるもので、「朝鮮半島は米国の防衛対象外」との誤ったメッセージを北朝鮮に送ってしまいました。さらに、朝鮮戦争勃発当時の韓国軍の軍事力は、北朝鮮のそれよりも劣っていました。こういったことが原因となり北朝鮮の侵攻意図を挫くことはできず、朝鮮半島の武力統一を目論んでいた金日成首相率いる北朝鮮に韓国は攻め込まれることになります。

日本との関わり

1950年に朝鮮戦争が開戦すると、日本には特需が発生。繊維業界などで輸出が増大し、日本経済はそれまでのドッジ・ラインによる不況から一転、息を吹き返します。

また、日本は掃海(機雷の除去)部隊派遣というかたちでも朝鮮戦争と関わっています。

1950年の秋ごろより、日本の掃海部隊が、米軍の要請を受け秘密裡に朝鮮半島周辺海域での機雷除去作業に従事しています。

この活動中、半島東部の元山沖では日本の掃海艇が触雷。船は吹き飛ばされ、乗組員のほとんどが重油の浮いた海に投げ出されました。米軍艇などによる救助活動がなされましたが、烹炊員1名が行方不明となりました。

日本の掃海部隊は、元山のほか仁川や鎮南浦などの海域でも活動を展開し、1200名の人員が投入されました。1950年12月には、この掃海部隊の功績を称えた賞辞が、米軍から日本側に贈られています。

朝鮮戦争略図

(了)

主な参考元

WEDGE Infinity
「戦略の地政学―中国の海洋進出を阻む沖縄―」
2017.8.23
英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表 秋元千明
URL(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/10404)

東洋経済オンライン
「いったいなぜ、日本には戦車が必要なのか? そこには4つのワケがある」
2016.6.13
軍事史研究家 木元 寛明
URL(https://toyokeizai.net/articles/-/120754)

防衛省・自衛隊HP
「朝鮮海域に出撃した日本特別掃海隊 -その光と影-」
元防衛研究所戦史部主任研究官 鈴木英隆
URL(https://www.mod.go.jp/msdf/mf/other/history/index.html)

NEWSポストセブン
(SAPIO2015年9月号)
「マッカーサーの密命を受け朝鮮戦争に「参戦」した日本男児」
2015.8.22
ジャーナリスト 城内康伸
URL(https://www.news-postseven.com/archives/20150822_340519.html)

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